愛した人々

マッカーサー元帥


テルニューグランドの歴史を語る時どうしても欠かせない人物が二人いる。マッカーサー元帥と、作家大佛次郎である。

業の18年後、ホテルニューグランドは第2次世界大戦敗戦、米軍進駐という時期を迎える。1945年8月30日、厚木飛行場に到着、濃いサングラス、ノーネクタイ、コーンパイプをくわえた姿で降り立つマッカーサー元帥の姿はあまりに有名である。元帥は、声明文朗読の後、すぐさま乗用車に乗り込み、まっすぐホテルニューグランドを目指した。そもそも進駐軍が最初の滞留地を横浜とした陰には、最高司令官の宿舎として、戦火を逃れたホテルニューグランドがふさわしいとの意見があったから、と伝えられている。

ッカーサー元帥専用室に当てられたのは315号室。横浜港に面した3階にあるこの部屋を、「気に入った」と副官に告げていたという。このあと元帥はわずか3日滞在した後、次の居留地へと移ることになるのだが、実はマッカーサーがホテルニューグランドに宿泊したのは、このときが初めてではない。1937年、フィリピン軍事顧問として当時のケソン大統領訪米に随行、その帰り訪日した際に、彼にとっては二度目の結婚相手であるジーン婦人との新婚旅行として、ホテルニューグランドに宿をとった記録がある。その彼が、今度は占領軍の最高司令官として足を踏み入れることになったのである。8年間で横浜は大きく変貌してしまった。そのとき元帥の脳裏に、平和な時期の記憶が蘇っていたかどうかは、定かではない。

退役軍人の思い出 一人の老外人から、スターライトルームから外を眺めてもいいかとリクエストされ、ご案内した。窓際に寄り、山下公園と横浜港を見下ろしてしばし沈黙。感慨深げな様子の彼は、実は20歳そこそこのころ、マッカーサーと進駐してきた米兵の一人であった。そして進駐初日、山下公園に野営しながら、雲の上の存在であるマッカーサーの宿泊するニューグランドを見上げ、とても立派に感じたと語った。そして今、そのホテルニューグランドに泊まれたことを当時の思い出とともに噛みしめていいたのである。